「え!? 明日!?」
「どういうことですか!?」
あまりにも突然のことに、私たちは同時に声を上げた。
さっきまでのしおらしさはどこへやら。
急に態度が変わった祖父に、驚きと戸惑いが押し寄せる。「ってことは……お見合いの話、もう決まってたってこと!?」
さっきの許しを請う姿は演技だったの?
からかって、面白がってた?私は目を吊り上げ、鼻息荒く祖父に詰め寄った。
「おじいちゃん。どういうことかな? 説明してくれる?」
怒り心頭の私を前に、祖父はそっぽを向いて、肩をすくめた。
「ほっほ……もう決まっていたんじゃ。
おまえたちなら、絶対にわしの言うことを聞き入れてくれると思ったから、先にOKしちゃった」茶目っ気たっぷりに微笑む祖父。
その瞬間、私の中で、プチッと何かが切れた。「どういうことよっ!!
勝手に決めるなんて酷いじゃない! さっきの感動、返せーーー!!」怒りに任せて祖父に飛びかかろうとする。
と、背後から龍が優しく私を羽交い締めにし、制止してきた。「お嬢、落ち着いてっ」
「龍は腹が立たないの!?
私たちの意見も聞かず、勝手に決めてたんだよ?」私が振り返ると、龍は一瞬だけ困った表情を浮かべ、苦笑いする。
「それは……もちろん腹は立ちます。
でも、親父ならしそうだなって……。もう、慣れましたから」どこか、あきらめようなその顔と声。
祖父の性格を誰よりもよく知る龍は、怒る気力すら失せたらしい。
でも、私は違う!
祖父の茶目っ気も、自由奔放さもわかってる。 そこがいいところだと思うときもある。……だけど、これは別!
人の人生を、弄ぶなんて——絶対に許せない!
「おじいちゃんっ!」
威勢よく叫ぶと、祖父はおおげさにビクッと体を震わせ、怯えた振りをしてみせる。
その瞬間、大きな手がヘンリーの顔にかぶさった。「どけ」 龍の声が低く響き、ヘンリーは一瞬で横へ吹っ飛ぶ。 驚いて視線を動かすと、壁に上半身をめり込ませているヘンリーが、ピクピクと足を震わせていた。「……龍、ダメじゃない」 あきれ顔で龍を見ると、彼はまっすぐな視線で見つめ返してきた。 その瞳がゆらゆらと揺れている。 でも、しっかりと私を見ていた。 その熱を感じた瞬間、心臓がドクンと跳ねる。 そして、龍が静かに微笑んだ。「お嬢……綺麗です。 姿を見た瞬間、息が止まりました。あまりにも可憐で」 頬を染めながら顔を背け、大きな手で自分の顔を覆う龍。 普段は冷静な彼の、そんな姿に胸が高鳴る。「そんな素敵な姿を見合い相手に見せるのは癪ですが……なんとか耐えます」 そう言いながら向き直った彼は、苦しげな表情を浮かべていた。 ああ……。 大好きな人を、こんなに苦しめてまでお見合いをするなんて。 胸がぎゅっと締め付けられる。「龍……ごめんね」 俯いた瞬間、龍の手が私の頬に添えられ、優しく上を向かされた。「いいんですよ。だって、流華さんは私の女でしょう? 俺だけの――」 その言葉と眼差しに、私の心臓は壊れそうなほどバクバクと跳ね上がる。「も、もちろん。私は龍のものよ」 必死で平静を装って答えると、龍は満足げに微笑んだ。 その笑顔がまた格好よくて、顔が熱くなる。「……流華さん」「……龍」「もうそろそろ、いいかの?」 見つめ合う私たちのすぐそばから、祖父の声が聞こえた。「わあっ!」 また祖父の存在をすっかり忘れていた……! ふと視線を動かせば、着付けの先生も少し離れた場所で手持ち無沙汰に立っている。 そして、少し頬を染めながら、興味津々といった顔で私たちを見てい
そして、お見合い当日。 私は、この日のために祖父が用意してくれた着物に袖を通す。 鏡に映る艶やかな姿を眺めながら、ふっと息を吐いた。 いかにも「極道の孫娘」って感じの黒い着物はやめてって言っておいてよかった。 あんなの着せられてたら、間違いなく泣いてた。 でも、この着物は――悪くない。むしろ……素敵だ。 聞けば、これはレンタルらしいけど、質の高い代物だとわかる。 生地はとても滑らかで、肌に優しくなじむ。 華やかさの中にも品があり、女性らしさを引き立てる。 鮮やかな色合いなのに、しっとりと落ち着いた雰囲気を漂わせていた。 青く晴れ渡る空を思わせる水色の生地に、蝶と花の模様が繊細に散りばめられている。 思わず見とれながら、心の中でつぶやく。 ……おじいちゃん、なかなかセンスいいじゃん。 上品なイメージで、私の好みにピッタリ。 少し驚きつつ、満足そうに微笑んだ。「はい、できましたよ」 着付けを終えた先生が、ふんわりとした笑顔で私に声をかけた。 懐かしいその声に、振り返る。 この先生は、昔、着付けを教えてくれた人だ。 祖父の要望で習い始めたものの、私にはあまりにも不向きで、すぐに挫折したっけ。 久しぶりに会った先生は、相変わらず丸くて柔らかな雰囲気のまま。 ふくよかで、笑うと目尻に優しいしわが寄るその顔は、変わっていない。「まあ、素敵だこと。よくお似合いですよ」 ほれぼれとした目で言われ、私はもう一度、鏡の中の自分に目をやる。 ――確かに素敵だ。 艶やかな着物に包まれた自分は、まるで別人みたい。 アップにまとめた髪に飾られた蝶と花の髪飾りも、着物によく合っている。 頭を動かすと、それがキラリと美しい輝きを放つ。 うーん……でも、やっぱり慣れないなあ。 なんだか私じゃないみたい。 そんなことを思いながら、そっと髪飾りに手を添える。
「え!? 明日!?」「どういうことですか!?」 あまりにも突然のことに、私たちは同時に声を上げた。 さっきまでのしおらしさはどこへやら。 急に態度が変わった祖父に、驚きと戸惑いが押し寄せる。「ってことは……お見合いの話、もう決まってたってこと!?」 さっきの許しを請う姿は演技だったの? からかって、面白がってた? 私は目を吊り上げ、鼻息荒く祖父に詰め寄った。「おじいちゃん。どういうことかな? 説明してくれる?」 怒り心頭の私を前に、祖父はそっぽを向いて、肩をすくめた。「ほっほ……もう決まっていたんじゃ。 おまえたちなら、絶対にわしの言うことを聞き入れてくれると思ったから、先にOKしちゃった」 茶目っ気たっぷりに微笑む祖父。 その瞬間、私の中で、プチッと何かが切れた。「どういうことよっ!! 勝手に決めるなんて酷いじゃない! さっきの感動、返せーーー!!」 怒りに任せて祖父に飛びかかろうとする。 と、背後から龍が優しく私を羽交い締めにし、制止してきた。「お嬢、落ち着いてっ」「龍は腹が立たないの!? 私たちの意見も聞かず、勝手に決めてたんだよ?」 私が振り返ると、龍は一瞬だけ困った表情を浮かべ、苦笑いする。「それは……もちろん腹は立ちます。 でも、親父ならしそうだなって……。もう、慣れましたから」 どこか、あきらめようなその顔と声。 祖父の性格を誰よりもよく知る龍は、怒る気力すら失せたらしい。 でも、私は違う! 祖父の茶目っ気も、自由奔放さもわかってる。 そこがいいところだと思うときもある。 ……だけど、これは別! 人の人生を、弄ぶなんて——絶対に許せない!「おじいちゃんっ!」 威勢よく叫ぶと、祖父はおおげさにビクッと体を震わせ、怯えた振りをしてみせる。
先ほどから何も言葉を発しようとしない龍のことが気になり、私はそっと視線を動かした。 すると、悲しげに揺れる瞳とぶつかる。 龍は切なげな表情で私を見つめていた。「お嬢……」 その声は、いつになく沈んでいて、力がない。 私は改めて龍に向き直り、彼の手をぎゅっと握りしめた。 そして、動揺を隠し切れずにいるその瞳を、まっすぐに見据える。「龍、嫌な思いをさせてしまってごめんなさい……。 でも、会うだけだから。ちゃんとお断りするから。 おじいちゃんの願いを、叶えてあげたいの……お願い」 そう言って、握った手に力を込めた。 それに反応するように、龍の瞳が細かく揺れる。 龍は、私の祖父への想いを理解してくれている。 きっと彼もまた、祖父の願いを叶えてあげたいという気持ちは同じなのだ。 けれど―― 龍の瞳は激しく揺らめき続けている。 彼の心の中で、いくつもの想いがせめぎ合っているのがわかった。「龍……私はあなたが好き。愛してる。 だから大丈夫。私を信じて」 ありったけの想いを込めて、私はもう一度、龍を見つめた。「……流華、さん」 龍が、久しぶりに名を呼んでくれる。 心臓が大きく跳ね、全身がふわっとあたたかくなる。 彼に名前を呼ばれると、どうしてこんなに嬉しいんだろう。 愛おしくて、胸がいっぱいになった。 しばし見つめ合ううちに、龍の硬かった表情がふっと緩んでいくのがわかった。「……わかりました。俺は、流華さんを信じています。 だから、大丈夫」 想いを隠すように、彼は静かに微笑んだ。 でも、隠しきれないもどかしさが、笑顔の奥ににじんでいる。「龍……ありがとうっ」 自分の気持ちを抑え、私の想いを尊重してくれた彼が愛おしくて。 体が勝手に動いていた。 そっと踵を上げ、龍へと近づく。
私がひとりで浮かれていると、祖父が困ったような顔で龍を見つめ、そしてふうっとため息をついた。「龍、すまんな……。 だが、その友人は、わしにとって大切な親友なんじゃ。無下にもできん。 ――流華よ、一度会うだけでも会ってみてはくれんか? もし嫌なら断ればいい。……頼む」 祖父は、懇願するような目を向け、軽く頭を下げてくる。「この通りじゃ」「おやめください!」「そうだよ、おじいちゃん、やめて!」 龍があわてて祖父の頭を上げようとする。 私も、思わず声を張り上げていた。 だけど、おじいちゃんがここまで頭を下げるなんて……。 胸が痛い。 おじいちゃんには、本当に感謝している。 両親が亡くなってからというもの、男手ひとつで私を育ててくれた。 誰よりも大切にしてくれて、たくさんの愛情をかけてくれた。 私はおじいちゃんに、頭が上がらない。 いつか、恩返しをしたいと思ってた。 それが、今なのかもしれない。 龍には申し訳ない気持ちでいっぱいだけど……。 祖父への想いが溢れてきてしまう。 そして、つい言ってしまった。「おじいちゃん……わかった。一回会うだけだよ」「お嬢!」 龍の悲痛な叫びに、胸がズキンと跳ねる。 うう……ごめんね、龍。 でも、もう言ってしまった。 祖父を喜ばせたいという気持ちも、本当だった。 私は龍の顔を見ることができなくて、祖父に向かって神妙に頷いた。 その瞬間、祖父の表情が一変する。 さっきまで曇っていた顔に、ぱあっと明るい光が差し込む。「本当か?」「……うん」 隣で、龍が小さく息を呑むのがわかった。 ごめん……今回だけだから。 おじいちゃんのため、だから。 やっとの思いで龍の方へ視線を向けると、 そこには、放心したように前を
ヘンリーが戻ってきてからというもの、なんだかんだで私は皆と楽しい日々を送っていた。 しかし、その平穏を打ち破る出来事が起ころうとは――夢にも思っていなかった。 再会から一か月ほどが過ぎようとしていた、ある日のこと。 祖父がまた、とんでもないことを言い始めた。「流華よ、お見合いじゃ」「は?」 今日は休日。 ここ一か月、ドタバタな日々に少し疲れを感じていた私は、今日はのんびり過ごすと決め、居間でテレビを見ながらくつろいでいた。 ……今のは、空耳か?「おじいちゃん……今、なんて?」 一応確認するつもりで聞き返す。 だけど。「お、み、あ、い、じゃ」 祖父はそう言って、可愛らしくウインクしてみせた。「えーーーっ!! ど、どういうこと!?」 思わず叫んでいた。 突然すぎる衝撃に、頭がついていかない。 そんな話、今まで一度だって聞いたことがない!「お嬢! 何事ですか!?」 私の叫びを聞きつけ、龍がどこからともなく現れる。 驚いた表情で、私と祖父を交互に見つめていた。 祖父は、そんな私たちを見やりながら静かに言った。「まあ……座りなさい」 その声音は、妙に落ち着いていて、けれど不穏な空気をはらんでいた。 警戒しつつ、祖父の指し示す場所に腰を下ろす。 すぐ隣には龍も並んで座った。 彼もまた、顔をしかめ、複雑な表情をしている。 いったい、おじいちゃんは何を考えているの? なんだか……嫌な予感がする。 祖父は、私たちの向かいで胡坐をかいて座り、腕を組むとしばし目を閉じた。 そして、ふうっとひと息ついたあと、口を開く。「わしの古い友人がいてな。まあ、親友ってやつじゃ。 そいつの孫が、ちょうど流華と同じくらいの年でな。流華の話をしたら、えらく気に入ってしまって――